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私たちのミッション

“はたらく人のために、はたらく”それが私たちの使命です。

ろうきんは、はたらく人のために、
自分たちのお金で、自分たちの資金を循環させていく仕組みを作ろう!という発想から生まれました。

そんな「はたらく人のために、はたらく」私たちの使命は、
お預かりした資金を共有財産として、公平・平等に活かすこと、

そして、はたらく人とその家族の「暮らし」を守り、応援し、
さらにその豊かさを未来へとリレーしていくことです。

ろうきんの歴史

その歴史から見えてくる!
不変のミッション。

誕生から60年以上。
ろうきんは、一貫して「社会的使命を胸に。はたらく人の現在を支え、そして未来を創る」ための取り組みを行ってきました。
その姿勢は一切ぶれることなく、はたらく人の豊かな生活や夢の実現を根底から応援する存在であり続けてきたのです。

1950年、日本初の「労働金庫」が誕生。

ろうきんが誕生したのは、第二次世界大戦後の日本の経済や社会が混乱している最中のことでした。銀行といえば、営利目的である企業のための存在だった時代。はたらく人たちの暮らしは豊かさとは程遠く、お金を借りる場所は質屋や高利貸しに限られていました。そこで「自分たちの銀行をつくろう!労働者が自分たちのために、自分たちのお金で、自分たちの資金を循環させていく仕組みをつくろう!」という純粋な動機から1950年、日本初の「労働金庫」が誕生。以来、生活物資の調達・不足についてはお互いに手助けしあい、補い合いながら解消していこうという目的のもと、多くの人々の賛同を得て、全国各地に組織されていきました。

1978年、金融界初の「変動金利型の住宅ローン」をスタート。

1978年には、金融界初の「変動金利型の住宅ローン」の取り扱いを開始。これも、社会に必要なものであれば前例にとらわれず、既成概念にも縛られず、信念をもって実現していく姿勢から生まれたもので、この姿勢は創業時から変わらず、その後も脈々と受け継がれていきます。1983年には、サラ金被害の急増を受け、「サラ金対策キャンペーン」を展開。世の中への注意喚起を促しながら、被害者の救済とともに、予防策の実施や啓蒙活動なども大々的に推進し、金融の健全化に大きく貢献しました。

震災の記憶を風化させないために。

1995年の阪神・淡路大震災では、震災遺児の教育資金援助のため、利息の一部を寄付する定期預金「応援(エール)30」を発売。多くの善意のお金が「あしなが育英会」に寄付されました。また、2011年の東日本大震災においても、即座に「緊急特別融資制度」を設けるとともに、社会貢献基金と連携した復興支援活動を実施。震災直後から、そして現在に至るまで、震災の記憶を風化させない地道な努力を続けています。

2000年、金融界初の「NPO事業サポートローン」をスタート。

一方、2000年には金融界初の「NPO事業サポートローン」の取り扱いを開始。社会的使命を果たしながらも資金力に乏しいNPOの活動を応援する、この取り組みは、日本の社会貢献パワーを支える役割を果たしています。また、同年、関東地区8労働金庫(現中央ろうきん)が「他行ATM利用手数料キャッシュバックサービス」を開始。社会のために、そしてはたらく人々のために、何が必要か?何を実施すべきか?を考え、ここでも果敢なチャレンジを次々と行っていきました。2002年には財形貯蓄残高で第一位を獲得(全国ろうきん)。絶えずはたらく人々のための未来を考え続ける我々の想いが大きな成果に結実する、嬉しいトピックスとなりました。

2001年、首都圏8金庫の統合により誕生した中央ろうきん。

47都道府県にそれぞれ存在したろうきんは、1998年以降、順次統合され、全国13の労働金庫へ。これは、経営のさらなる効率化と、会員へのサービスクオリティ強化のための施策で、組織再編という英断もまた、はたらく人々(会員)のためのものです。首都圏8金庫の統合によって2001年に誕生した中央ろうきんも、新たな組織体系でスタート。中央ろうきんの運営に賛同している方は、今や約370万人、総預金6兆円を超える規模へ。統合によるシナジーを最大化するさまざまな経営改革も果たしながら、はたらく人のための生活応援バンクとしての成長、そして進化を続けています。